事例紹介
私がはじめて担当させていただいたのは、あるお医者様ご自身の闘病記でした。その方は4年以上闘病生活を続けながら、病状や何気ない日々のできごとを、ずっと書き留めていらっしゃいました。その記録が同じ病で苦しんでいる方々の参考になれば、という思いでご依頼いただいたのです。
書き留めていらっしゃった記録は膨大で、日記に加えて、検査数値もすべて記されていました。それらをどのようにまとめて、一冊の本の形にするべきか──。はじめて本作りを担当した私は、まさに手探り状態でした。
お客様自身、ご病気が進行する中での本作りは、本当に大変だったと思います。それでも原稿を隅々までチェックしてくださったのは、ひとえに「医師として誰かの役に立つものを遺したい」という、強い思いからでした。
その思いを、お客様に直にお会いしたとき、私は確かに受け取りました。受け取ったからには、しっかりとお応えし、お客様の理想の本を作らなければならない。それは、担当者としての責任だけではありませんでした。
作業を進めていくなかで「間違いなくこの本は多くの人の助けになる」という確信が生まれてからは、この本を何としてでも世に出したい、という私自身の希望が重なりました。社長をはじめ、先輩のアドバイスをいただきながら、がむしゃらに取り組みました。
本が完成したとき、できることはすべてやった、素晴らしい本ができた、という満足感がありました。同時に「これが本当に、お客様にとっての理想の本なのか......?」という不安がすこしばかり渦巻きました。
お客様の元に本をお届けしました。しばらくして、なんと直筆のお礼状をいただいたのです。その手紙を読んで、胸が熱くなりました。「横野さん。あなたと二人三脚で本を作れたことは、人生最後の思い出となるでしょう」というような内容が綴られていたのです。
「この本の制作に携われたことは、私の一生の誇りだ」と、お客様との出会いに、ご協力に、心から感謝しました。その時にいただいたお手紙は今でも時々見返し、その度に励ましてもらえる、とても大切な宝物です。
取材から出版までを初めて一人で担当したお客様も、重いご病気を患っていらっしゃいました。先がながくないかも知れない。だから、今のうちに自分の半生や家族への思いを形にして遺したい。そんなお気持ちから、ご依頼いただいた方です。
取材では、本当にたくさんのことを聞かせていただきました。幼い頃の思い出や、ご家族のこと、印象的な人との出会い。
ご病気を感じさせないほどいきいきとお話しされるお姿から、お客様がこれまで出会った人々に深く感謝し、その思い出をすべて、とても大切にされていることが伝わってきました。そして、原稿の内容と同じくらい、装幀にも強いこだわりをお持ちでした。
大切な人との思い出が鮮やかによみがえってくる、そんな原稿の執筆。いくつもの写真をバランス良く配置し、全体が調和するよう色味を整え、お客様の人生を象徴するに相応しい装幀の制作。
果たして、自分にできるんだろうか。お客様をガッカリさせてしまうんじゃないか。
不安に押し潰されないよう奮闘する毎日は、大変でしたが、それ以上に充実した日々でした。
お客様と何度もやりとりをする中で「こうすればいいんだ」「これが最適解だ」と、問題がひとつずつ解決していき、だんだん理想の本に近づいていくことが、嬉しくてたまらなかったのです。
印刷所から本が届いた時、それまでで一番の達成感がありました。お客様も、一緒に喜んでくださいました。たくさんご協力をいただいたうえでの結果ですが「自分の手で、お客様のご希望を叶えることができた」と、自惚れではなく確信できた、初めての経験でした。
自伝をご依頼されるお客様は、ほとんどの方が「一生に一度」という思いでご依頼くださいます。お客様の一生を託していただくのですから、全力で理想の本をつくる。その覚悟なしに、ご依頼を受けることは、決してありません。